硫化水素による事故とその危険性

硫化水素による事故とその危険性
硫化水素(H2S)は、腐卵臭(卵が腐ったような臭い)を持つ非常に毒性の強い気体で、濃度が高くなると嗅覚が麻痺し、臭いを感じなくなる(ノックダウン)ため、極めて危険です。
硫化水素による事故は、作業中の労働災害や自然環境下、近年では意図的な発生(自殺)など、様々な場所で発生しており、毎年死亡者が出ています。
1. 主な事故の発生場所と原因
硫化水素は、主に有機物が酸素のない状態(嫌気性)で分解される際に発生します。空気よりも重い性質があるため、窪地や密閉された空間に滞留しやすい特徴があります。
- 下水道・マンホール・浄化槽:
下水や汚泥に含まれる有機物が分解されて高濃度で発生します。清掃や点検、工事中の作業員が中毒となる事故が最も多い労働災害の一つです。 - 温泉地・火山地帯:
火山ガスや温泉の源泉から自然発生します。雪の窪地や換気の悪い貯湯槽、浴室などに滞留し、観光客や施設管理者などが中毒死する事故が発生しています。 - 化学工場・製錬所・パルプ工場:
硫黄化合物を取り扱う工程や、汚泥処理、硫黄貯蔵タンクなどで発生する可能性があります。作業手順の間違いや設備の腐食が原因となることがあります。 - 密閉空間(ピット・タンク):
長期間密閉されていた井戸、醸造槽、船倉などで、有機物の分解やサビの発生により、硫化水素が発生し、同時に酸素欠乏も引き起こすことがあります。 - 意図的な発生:
硫黄成分を含む入浴剤や薬剤と酸性洗剤を混ぜて発生させる事例が、社会問題となっています。密閉された室内で高濃度になり、救助者が二次災害に遭う危険もあります。
2. 人体への影響(中毒症状)
硫化水素は、細胞内の酸素利用を妨害することで中毒を引き起こします。濃度によって影響が大きく異なります。
- 0.01〜0.3 ppm:
腐卵臭を感じ始めるレベル(許容濃度は10 ppm以下) - 10 ppm:
目や鼻、のどへの刺激、頭痛、吐き気 - 100〜150 ppm:
嗅覚が麻痺し、臭いを感じなくなる(危険を察知不能に) - 350 ppm以上:
生命の危機(気管支炎、肺水腫) - 700 ppm以上:
呼吸麻痺、瞬時に意識不明、死亡(ノックダウン)
特に、高濃度下では嗅覚がすぐに麻痺するため、「臭いを感じなくなったから安全」という誤った判断が致命的な事故につながります。
3. 事故防止のための基本的な対策
硫化水素中毒事故は、適切な対策を講じれば防ぐことが可能です。
- 環境測定の徹底:
立ち入り前に、必ず酸素濃度と硫化水素濃度を測定し、安全を確認します(酸素濃度18%以上、硫化水素濃度10 ppm以下)。
測定は、空気より重い硫化水素が溜まりやすい底面(最下部)を特に注意して行います。 - 換気の実施:
作業前だけでなく、作業中も常時、送風機等による強制換気を継続します。
換気により有害ガスを排出し、酸素濃度を維持します。 - 保護具の使用:
換気しても安全基準を満たせない場合や、換気設備がない場合は、送気マスクまたは空気呼吸器を必ず着用します。 - 監視人の配置と救出体制:
危険場所の外側に監視人を配置し、作業員の体調や状況を監視します。
作業員が倒れた場合は、監視人も保護具なしで安易に救助に向かわず、直ちに救急要請と送風を行い、二次災害の防止を最優先します。
緊急時によく使われる硫化水素計測器について
緊急時によく使用される硫化水素計測器は、主に携帯型ガス検知器(ポータブルガスモニター)です。これらは、作業員や救助隊が身につけたり、現場に持ち込んだりして、危険なガス濃度を作業前・作業中にリアルタイムで測定し、警報を発するために使われます。
- 作業前の安全確認(投げ込み測定)や常時監視に特化: 「有害ガス検知器 GX-2000」など。
- 個人装着型: 「ポータブルガスモニター(H2S、SO2) GX-3R Pro」など。
まとめ
硫化水素は非常に危険なガスであるため、緊急時や作業時の計測器は以下の機能を持つことが必須とされています。
- 本質安全防爆構造:
硫化水素の発生源では、同時に可燃性ガス(メタンなど)が発生している可能性もあるため、電気火花による爆発を防ぐ防爆構造であること。 - 酸素濃度の同時測定:
硫化水素中毒による死亡事故は、酸欠が同時に発生しているケースが多いため、硫化水素だけでなく酸素濃度(O2)も同時に測定できる複合型が強く推奨されます。 - 信頼性の高い警報:
危険濃度を確実に検知し、音、光、振動で確実に作業員に危険を知らせること。
緊急対応の際は、硫化水素(H2S)の許容濃度(作業環境基準)が10 ppm以下であることを念頭に置き、機器の指示値に基づいて安全な行動をとることが重要です。





